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アナルコ・アルカホリズム

野宿者の排除と生きる権利 ── 映画「関西公園~Public Blue」を見て

『関西公園~Public Blue』(アンケ・ハールマン/2007年)

 公園や河川敷や路上にひしめき並ぶ青いシートで覆われたテントの光景も、いまでは過去のものとなってしまった。1990年代から2000年代にかけて増加した「ホームレス」の一部はそうしたテント掛けによって暮らす場所を得て、個人あるいは集団で身を守ってきた。路上で生活することは飢えや寒さ、襲撃といった危険と常に隣り合わせである。そこで最低限度の生活と命を守るためにテントを立てて野営をするというあり方は、決して特異なものではなく全世界的にみられる姿だ。

 では日本ではそれがなぜ過去のものとなっているのか。確かに生活保護や福祉を受ける権利を獲得してきたという動きもあるだろうし、増加する「ホームレス」という社会問題に対して行政が対応せざるを得ない状況にあったということも考えられる。しかしそうした対策によって「ホームレス」の人たちは自主的にテントを畳んだわけではなかった。この映画はテントの数々が過去のものへとなりゆく境界を切り取り、不可視化される「ホームレス」の抵抗を記録したドキュメントである。

 映画はテント掛けして暮らす野宿者と支援者が、代執行によってテントが強制撤去される日程が決まったことを話すシーンから始まる。大阪城公園と靭公園の2つにあったテント群は、2006年に公園整備工事という名目のもとで移動するように命じられた。しかし仕事も帰るべき家もない野宿者は、テントがなくなると生活できる場所がなくなってしまう。行政はシェルターと自立支援センターに入所するように勧告するが、そこに入ってしまえば二度と公園にテントを立てないという旨の誓約書を書かされ、所有物を保管する場所もプライバシーもない環境で自由を剥奪されることとなる。野宿者は行政が提示する「自立支援」が自分たちを公共空間から排除するためのものだということを身に染みて実感しているからこそ、テント生活の継続を要求しているのだ。「かつては飯場などで働いていたが加齢とともに仕事もなくなった」と作中で語る野宿者の一人からは、社会の最底辺で無権利状態に置かれていても自分自身で生き延びるのだという覚悟が感じられるとともに、失業や産業構造の変化によって一度野宿生活になると安定した住居を持つだけの労働にありつくことの難しさが伝わってくる。テントの強制撤去に反対するデモのコールの中には「仕事をよこせ」という叫びも含まれていた。つまり雇用と居住の保障がない「自立支援」とは、他に行くところがない野宿者がかろうじて生活するためのテントすらも簒奪して社会から見えないように上書きする暴力なのである。

 公園とは一般的な意味では「公の空間」であるが、従来から日本の都市には公共空間は存在せず、もつれあった交通ネットワークと雑然とした居住空間があるだけだったと作中で説明される。西洋から輸入された“Public”という概念のもと新しく開かれた公共の開拓地は、行き場を失った野宿者の生活する場所となった。安定した居住はすべての人権の基礎にあり、それすらも保障されない野宿者にとって公の空間に設置するテントは生存権に基づいた最低限の財産なのであるから、不当な侵害を受けてはならない。そして公共空間とはすべての人に開かれているものだから、野宿状態にあっても市民と平等に扱われなければならない。権利性において弱い立場にいる野宿者であるからこそ、公共空間はその人たちを受け入れる必要があるからだ。しかし現行法下ではそうした公共性の議論もないままに、「占有」だとか「排他的支配」という言葉によって公共空間から野宿者が排除されるのが現実だ。作中で映し出される公園の景色は、新しく野宿者がテントを立てられないようにフェンスで囲んで圧迫し、狭い通路を通らないと公園の中に入ることすらできないという、おおよそ公共空間という言葉からはかけ離れた矛盾であった。

 さて、なぜ2006年に大阪城公園と靭公園にあったテントが撤去されなければならなかったかというと、5月に控えていた世界バラ会議なるイベント開催の関係で公園にテントを立てて暮らす野宿者の存在は不快感を与えるからだった。なんとも差別的で暴力的な理由であるが、大規模イベントの開催にともなって周辺に住む野宿者が排除される現象は世界中で巻き起こってきた。それはスポーツ大会、文化的行事、政治的イベントなど、様々な場合に生じている。たとえば記憶に新しい東京オリンピックでも明治公園に住む野宿者に対する強制的な排除がなされたし、都営霞ヶ丘アパートの住民も追い出されて取り壊しに遭った。このような大規模イベント開催にあたってメディアはこぞって好意的な報道ばかり流して国民は熱狂させられるが、その背後には必ず警察を使った露骨な暴力と弾圧によって生活を奪われるアンダークラスの人々の犠牲があるのである。

 その直接的な暴力がありのまま映像に残されたのが、映画終盤部分の何百人もの警察と市職員が威圧するようにテントを包囲して、代執行によって強制的に排除をする場面である。それに対してテントが撤去されてしまえばその日から行き場所がなくなる野宿者たちは支援者とともにスクラムを組んで抵抗する。ヘルメット姿で群れをなして距離を詰める市職員に対してあまりにも無力な光景に見えるが、それは野宿者の命を守るために必要な闘いなのだ。いまではほとんどなくなってしまった野宿者のテントとはこうした暴力的な手続きを経て姿を消していったということを映像資料として残し続けているのである。

 いまでは公園などにテントを立てて暮らすという姿がほとんど見られなくなったからといって、「ホームレス」がいなくなったわけではない。住む場所を追われると持っていた荷物も諦めてどこかで定住しない生活を強いられることになり、孤独に生き延び続けるという状況に追い込まれる。あるいは路上で死ぬことを余儀なくされる。もちろん望む人が路上生活から脱出するということを支援することも大切であるが、その一方で野宿状態にある人がいかに安心して過ごせる場所を確保できるかという闘いも同時に作っていかなければならない。ブルーシートに覆われたテントの数々をやや牧歌的に記録しつつも、殺人行政の横暴さと野宿者たちの必死の抵抗を現在にまで伝えているこの作品は、よもや公の空間に暮らすことさえままならない現代を生きる者にとって必見である。

 

※この文章は正体がよくわからない交流誌『レーテ』vol.2に掲載したものである。編集・発行の「都市と労働研究会」はこちら